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<title>ばにたす？ばにたむ！</title>
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<description>いのうえの見たこと、聞いたこと、気になること</description>
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<title>あいたたごめんよごっつんこ</title>
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<description>哀川翔とaikoが交通事故だったそうですね。 二人とも怪我もなく、何よりでしたが...</description>
<content:encoded>&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;哀川翔とaikoが交通事故だったそうですね。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二人とも怪我もなく、何よりでしたが… &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうして無事だったのか。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アイコデショウ… &lt;br /&gt;だったから… &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（し～ん…） &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人の不幸をネタにするなんて、最低やね。 &lt;br /&gt;しかし、これ、日本全国で百万人ぐらいが言ってそうな気がする…（沈）&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;以下朝日新聞のネットから&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/div&gt;

&lt;h1 class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/h1&gt;

&lt;h1 class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/h1&gt;

&lt;h1 class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;哀川翔接触事故ぶつかった相手はａｉｋｏ&lt;/h1&gt;

&lt;div class=&quot;Utility&quot;&gt;&lt;p&gt;2009年10月10日&lt;/p&gt;&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;ThmbSet256&quot;&gt;&lt;div class=&quot;BodyTxt&quot;&gt;&lt;p&gt;　都内で芸能人同士の車が接触するという珍しい事故があった。俳優哀川翔（４８）の乗用車と歌手ａｉｋｏ（３３）の乗用車が８日夜、都内で接触事故を起こしたことが９日、分かった。目黒区碑文谷の目黒通りと環状７号線の交差点付近で、哀川の車が片側３車線の中央から左折レーンへ車線変更。背後から直進してきたａｉｋｏの車の右前部が、哀川の車の左後部と接触した。ａｉｋｏの車は縁石に乗り上げ、ガードレールに衝突して止まった。２人にケガはなく、同乗者はいなかった。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　２人は現場近くの碑文谷署に出向き、事故を報告。「事故を起こしてすみません」と謝っているような雰囲気だったという。同署は、哀川の左後方未確認が原因の事故と判断。物損事故として扱い、今後は当事者同士で損害賠償について話し合う。損傷した２本のガードレールの修繕費は、哀川側の負担になる見込み。現場には事故の衝撃を物語るように、ブレーキランプの破片が落ちていた。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　哀川の事務所によると、哀川は家族と食事に出掛けた帰りだったという。ａｉｋｏの所属レコード会社は「本人にケガはありません。大丈夫です」。１２日の福島公演からスタートする全国ツアーは予定通り行う。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/div&gt;

&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot;&gt;&lt;/div&gt;</content:encoded>


<dc:subject>つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-12T14:02:13+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-3ab8.html">
<title>斉藤由貴はネコの手も借りたい？</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-3ab8.html</link>
<description>私を個人的に知る人には意外に響くかもしれないが、実は、私はミュージカル『レ・ミゼ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;私を個人的に知る人には意外に響くかもしれないが、実は、私はミュージカル『レ・ミゼラブル』の日本初演を見ている。1987年のことだ。何が目的だったのか。そう、このあとに続く長い（断続的ではあるが）ロングランの、この最初のシーズンだけ、ヒロインのコゼットの役を斉藤由貴が演じていたのだ。はっきり言って、エポニーヌというかわいそうな身の上の少女を演じていた島田歌穂の圧倒的な歌唱力・演技力に霞んでしまったのは事実だけれど――それまで彼女は、『がんばれロボコン』のヒロイン、ロビンちゃんを演じていたという過去はあったにせよ、演劇界的にも芸能界的にもほとんど無名で、この『レミゼ』で一気に存在感をアピールすることになった――、そんなことはどうでもよかった。生で斉藤由貴が見られたのだもの。うん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;斉藤由貴は最初はアイドル歌手としてスタートした。デビュー曲は1984年の『卒業』、名曲だ。この年の卒業シーズンは尾崎豊と菊地桃子も同じタイトルの曲を発表しており、さながら『卒業』競演が見られた。その尾崎豊と斉藤由貴が、後に不倫関係になったのも有名な話。デビュー作から快調にヒットを飛ばした斉藤由貴だったが、彼女はすぐに映画やドラマの世界に活躍の場を広げる。そして、確実にその地位を築いていく。アイドル歌手としてみれば、コンスタントにヒットを飛ばすものの、決して第一線に立っているとは言えなかったが、演技の世界との両立という点では、他に群を抜いていた。映画では相米慎二、大森一樹、金子修介ら、そうそうたる監督陣と組み、特に大森一樹とは『恋する女たち』『トットチャンネル』『さよならの女たち』と、立て続けに秀作を発表する。そうした勢いを借りての本格ミュージカル進出が、『レ・ミゼラブル』出演だった。結果については上記のとおり。難敵に挑んで自滅した感は・・・正直否めなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、そうは言っても、彼女の歌は、よかった。うまい、というの違う。独特の表現力があった。ささやきかけるように歌い、舌っ足らずな言いまわしが、演技と同様歌の中でも彼女の魅力だった。この豊かな表現のヴォキャブラリーは、当然彼女の演技を支えていたものとも重なる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何を隠そう（いや、そもそもぜんぜん隠してないけど）、当時、私は彼女のファンだった。デビューから。だから、語れる。ある時期までは。そこが悲しい。ある時期から、私のほうが彼女から離れてしまった。（こんなところでこういう言葉は使いたくないが、卒業したんだね。）そして、彼女も、いつのまにか歌わなくなり、結婚し、最前線からは引いてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいっても、彼女がドラマや映画に、いまだにコンスタントに出演しているのは知っているし、見てもいる。舞台にもときどき出ているが、それだけは、私はフォローし損ねていた。&lt;br /&gt;そしてこの夏（2009年）、久しぶりに舞台で斉藤由貴に再会した。タイトルは『斉藤幸子』。タイトルは「さちこ」と読むが、印象として、まるで斉藤由貴のために書かれたような感を受ける。しかし、作者の鈴木聡がこの戯曲を書いたのは、2001年、自分の劇団ラッパ屋のためである。それを今回、銀座のル・テアトルで再演。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何ともおおらかな、昔ながらの斉藤由貴の演技を堪能したあと、私は、やはり、開演前には素通りしていた物販コーナーに、すい寄せられるように立ち寄ってしまったのだった。彼女のCDが、紙ジャケットですべて再発されていた。そして――当時は、全部持ってる曲だからと買わなかったベストアルバム、『Yuki&#39;s Museum』を、とりあえず購入。改めて聴いてみる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;うむ。やはり、いい。しかし、20年経って、改めて聴いてみて、当時は気づかなかったことに気づく。彼女の歌は、今で言う、「癒し系」なのだ。ヒーリング・ミュージック。この手の言葉に抵抗がある向きもあろうかと思う。当時は、まだそんな言葉、定着していなかった。いや、ニューエイジ・ミュージックというくくりで、ジャズから派生した癒し作用の曲がじわじわとブームにはなってはいたから、そういうジャンルは存在した。しかし、アイドルの歌う歌に癒しを見出そうなんて奴は――私ももちろん含めて――まずいなかった。そんな発想がなかった。バブルの真っ盛り。24時間戦える体力がすべての時代だ。癒されたい男たちが出現するのは、景気が下向きになり、世の中が疲れたときだ。しかし、その頃、斉藤由貴は徐々に歌うのをやめていっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう、彼女が時代に先駆けていたことに、気づかないままだったわけだ。そもそも、そういう、時代の先頭を行くタイプの歌手なんかではないと決めつけていた節がある。でも、いい。時代が斉藤由貴に追いついたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今、生で歌う斉藤由貴に、きちんと再会したい。心からそう思う。　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おんがく</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-08T21:34:22+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8674.html">
<title>カブトムシを並べてみよう！</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8674.html</link>
<description>ビートルズの全楽曲が最新リマスターによって全世界で同時に再発売されたと大きく報じ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ビートルズの全楽曲が最新リマスターによって全世界で同時に再発売されたと大きく報じられた。ビートルズが怪物バンドなのは今さら言うまでもないが、この手の企画があるたびに必ずヒット・チャートをにぎわすこあたり、改めてこのバンドのすごさを再認識してしまう。今回も間違いなく、日本を含め全世界のチャートに何らかの変動があるだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それに伴って、ビートルズの全曲の投票によるランキングも発表された。全200曲に順位がつけられた。ビートルズの曲に捨て曲はない！　すべて平等だ！　よってランキングなんて無意味だ！…なんて野暮は言わない。好きな曲嫌いな曲は誰にだってある。自分の好きな曲が高くランクされれば嬉しいし、何でこんな曲が？というのが上位に入ってくればそれなりに腹もたつ。まあ、ランキングの楽しみ方って、そういうものだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに今回のランキング、トップ3。1位「レット・イット・ビー」、2位「イン・マイ・ライフ」、3位「ヘイ・ジュード」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1位と3位は、無難な線だろうなあ。予想通りだ。しかし、2位はどうだ？　これ、確かシングルカットもされていない曲じゃないか？　渋いなあ。こういう渋いところが上位ランキングされるあたり、ビートルズがいかに浸透しているかがわかる。それは他の曲にも言える。そのあと、記憶が正しければ、4位に「ヘルプ！」のあとに、5位に「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」、それにベスト10内には「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」も入っていた。で、定番の「イエスタデイ」は、かろうじて10位。ずいぶん渋いランキングだ。しかも、あとに記事を引くように、26万人が選んだ、とあるのだから、なおさら意外。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ストロベリー・フィールズ…」は、マイ・フェイヴァリットだから、この位置は正直嬉しい。しかし、ビートルズの中では暗い曲だぜ。ジョン・レノンの幼少期の思い出と彼の哲学性とシニカルな感性とが同居する、何とも不思議な曲。シングル・ヒットはしてるものの、渋い通好みだったのは、否めない。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」も同様で、ビートルズの芸術的完成を示す一つの到達点だ。ジョンとポールの、別々の曲をくっつけて一つにしてしまうという見事な離れ業、ジョージ・マーティン（プロデューサー）のストリングス・アレンジも含めてのサウンド面での多くの実験、歌詞の難解さ、どれを取っても、一級品で、その分、ポピュラーとはいえないと思ってた。それがこの位置だ。「イエスタデイ」より上だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ビートルズの受容は、確実に、かなり根の深いところまで広まっている。いい傾向だと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それでも…今回のリマスター盤、買うかどうか、正直迷っている。今までのCDの評判が悪かったことは知っている。90年代にCD化されたときの音源がまだそのまま使われているというのは、確かにおかしい。今の音響技術からみれば物足りないのは確かだ。リスナーの、きれいな音で聞きたいという欲求も正直わかる。メンバーの本当に出したかった音がこれなんだ、と言われれば、そうなんだろう。しかし…彼らが活躍していた当時には聞こえなかった聞こえ方なのも、事実だ。モノラルからステレオの移行期で、たいていの家庭では、質の悪いスピーカーにそれこそ耳をこすりつけるように聞いていた、その聞き方とは、あまりに違うだろう。（もちろん、そもそもCD化した時点で、聞き方、聞こえ方に変化は出ていたはずだけれど。）いや、でも、ポールも喜んでいるのなら、これでいいのかなあ。などなど、正直複雑。間違いなく、手にとって音を聞いてしまえば、感動するのだろうけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とりあえず、好きな『アビー・ロード』と『ラバー・ソウル』あたりから買ってみるか…（結局買うのか！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;（以下、日経トレンディ、ウェブサイトより）&lt;br /&gt;【速報】ビートルズ全213曲から26万人が選んだ1位は!?2009年09月09日　2009年9月9日、ザ・ビートルズのオリジナル・アルバムを含む全14作品がデジタル・リマスター化され、全世界で発売となった。&lt;br /&gt;　ビートルズのオリジナル・アルバムは1987年にCDで発売され、それ以降は改訂されないままだった作品が最新技術にてリマスターされたことに関し、ポール・マッカートニーはビルボード.com のインタビューに答え、リマスターされたサウンドについて「スマートだとか、洗練されたとか、そんなのじゃない。リアルなんだ。僕らが作っていた音そのものだね。ジョンがすぐそこにいるみたいだ」と語ったという。&lt;br /&gt;　今回の発売では、デビュー・アルバムの『プリーズ・プリーズ・ミー』(1963年）から、最後のアルバム『レット・イット・ビー』(1970年）と編集盤の『パスト・マスターズ』までの全14アルバムをラインアップ。さらに『ザ・ビートルズBOX』、『ザ・ビートルズMONO BOX』が同時に発売。&lt;br /&gt;　これを記念し、日本では9月9日午前9時9分から東京・港区の赤坂BLITZにて、『カウントダウン　ザ・ビートルズ 213』を開催。第1部は「最新デジタル・リマスター盤試聴」で、オリジナル13作品の中から全186曲の各歌詞を大スクリーン上に掲載し、いち早く大音量で試聴できるというもの。&lt;br /&gt;　そして第2部はまさに「カウントダウン　ザ・ビートルズ 213」。司会進行に赤坂泰彦、ゲストに坂崎幸之助、小倉智昭、内田恭子、倉本美津留を招き、ビートルズEMIオフィシャルサイト＆Yahoo! JAPANの「ザ・ビートルズ特集内」で行われたビートルズの楽曲全213曲の、26万人による人気投票結果を、カウントダウン形式で発表。会場には抽選で選ばれたファンが集まった。&lt;br /&gt;（後略）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おんがく</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2009-09-10T10:06:33+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-29a6.html">
<title>遠い演劇</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-29a6.html</link>
<description>演劇ってのは、とことん不公平な芸術だと思う。そもそも劇場に足を運ばないとホンモノ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;演劇ってのは、とことん不公平な芸術だと思う。そもそも劇場に足を運ばないとホンモノは見られない。それに公演期間も限られている。行けばいつでもやってる、ってのは、まあ、ミュージカルくらいなものだ。そして、日本の演劇のたぶん、90パーセント近くは、東京じゃないと見られない。そして、その東京の演劇シーンをもって、日本の演劇が語られる。演劇は紀元前から存在し、人類の持つもっとも古い芸術の一つだけれど、世界的に見ても、基本的に都市の芸術だ。人がいないところには演劇は成り立たない。（もちろん、そうは言っても地方の演劇活動はある。しかし、それは今は措こう。地方の演劇が全国的な話題になることは、一部の例外は除いてほとんどない。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;富山県利賀村に行ってきた。1982年からだというから、もうかれこれ30年近く、この村では国際演劇祭が開かれている。しかし、ここに行くのにも覚悟がいる。&lt;br /&gt;そもそも富山県の山奥の豪雪地帯の過疎の村だ。よりにもよって、不便すぎる。だいたい、JRの駅から車でも1時間かかる地なのに、それをつなぐはずのバスは、一日に2往復しか走っていない。今回の私たちの旅は、車で8時間の行程だったが、それも高速道路が張り巡らされてからだ。このフェスティヴァルが始まった当初はそれほど便利ではなかった。天候にも左右される。文化人類学の山口昌男が、東京からマイクロバスで出発して18時間かかったという逸話を書いている。台風で道が崩れて、迂回していったらそうなったと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;演劇を過疎の村でやる。そもそもの不公平な芸術をとことん不公平にしている。都市の芸術であるはずの演劇の原則を根底から覆す。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、演劇公演を見ること自体が旅となる。それも、ある程度の覚悟（時間的にも金銭的にも）がないと行けない。はっきり言って、巡礼だ。（自分で考えたフレーズだったが、あとで見てみたらその山口昌男も使ってた…）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、間違いなく、中心は移動している。人がいないところなら、人を呼べばいい。人を動かせばいい。実際、何千人と集まっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このフェスティヴァル自体、世界の前衛劇団を呼んで公演させるわけだから、村民にわかりやすい芝居かっていうとそんなことはない。（そもそも誰もがわかるような芝居をこんな山奥でやる必要がない。演じる方も、この土地でやるだけのコンテンツを用意する覚悟がないと意味がない。）それでも村の人たちが全面的にバックアップしているのはわかる。今回で二度目の訪問だが、毎回、それを感じる。観劇後には、村にとどまってとまるしかないのだが、ホテルもないこの村では、小さな民宿に滞在するか、キャンプ場にとまるかしかない。民宿のもてなしも、あたたかい。芝居の中身なんてわかってないみたいだけれど（というか興味ないみたいだけど　笑）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;演出家がこの地にほれこんだということが一番大きいのだろう。大きく見れば、合掌作りの茅ぶき屋根で有名な、白川郷や五箇山の世界文化遺産となった集落の一部をなす。実際合掌作りをそのまま利用した山房を劇場としている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;演出家の鈴木忠志の作る芝居を、私は全面的に好んでいるわけではない。しかし、間違いなくこの地に演劇祭を根付かせたのは、彼の功績である。この発想と、行動力と、そして行政を動かす力は並ではない。彼は利賀での成功のあと、水戸芸術劇場の芸術総監督になり、さらに静岡芸術劇場の総監督をやったあと、改めて利賀に腰を据えた。彼の視野には東京は、オンリー・ワンではなく、ワン・オブ・ゼムだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その鈴木忠志の演出の『リア王』は、もう初演から20年以上も経っている。国際的にも評価は高く、おおよそ正当的とは言えないこのシェイクスピア上演だが、近頃のシェイクスピア上演史はこれを無視できない。それほど評価が高い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私自身、いくつものヴァージョンを見ている。東京でも見たことあるし、（オペラ版だが）静岡でも見ているし、映像でもいくつか見ている。でも、利賀で見たのは今回が初めて。演出意図や演技方法に必ずしも納得しているものではないが、やはり場所の力は恐ろしい。今まで見たとのヴァージョンよりも、圧倒的な迫力で迫ってくる。合掌作りの新利賀山房の、この空間に、浸み込むようだ。これこそ鈴木演出の真骨頂なのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回の一番の収穫は、韓国から来日した『ゴドーを待ちながら』。原作の持つヴォードヴィル的側面をこれほどうまく処理した舞台は初めてで、衝撃的だった。初演から30年以上経つというが、古びていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;車があれば、周辺の温泉や、五箇山地域の合掌集落も回れる。それに芝居。きわめてお得な旅なのは言うまでもない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おしばい</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2009-09-06T15:02:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-cd5b.html">
<title>つまり、物足りないってのはいいこと、なんだ。</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-cd5b.html</link>
<description>越後妻有（「つまり」と読む）の「大地の芸術祭」は、越後妻有アート・トリエンナーレ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;越後妻有（「つまり」と読む）の「大地の芸術祭」は、越後妻有アート・トリエンナーレの別名のごとく三年に一度のイベントで、2000年から開催されているからこの十年でもう四回目ということになる。前から気になっていたんだ。棚田の真中に出現した巨大なオブジェとか、巨匠草間弥生の極彩色水玉模様の巨大オブジェの写真は前から見知っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;行ってみたいなあと痛烈に思うにいたったのは、たぶん、去年、横浜トリエンナーレを見に行って（ここにも書いたけど）ものすごく満たされない感覚を抱いたことに由来する。その横トリの批判記事を読んだら、横浜と妻有とを比較していて、後者の土地に根ざした感覚が横浜には欠けていると書いてあって、それなら妻有を見ないわけにはいかないだろう、と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;確かめてみたい、というのが本音だったかもしれない。そんなものうまくいくのかって。雑誌OZの7月号に、アートする旅へ、なんていうキャッチ―な特集があって、そこでメインで扱われていたのが、この大地の芸術祭だった。ディレクターで女子美大教授の北川フラムさんの言葉が紹介されている。豪雪地帯の保守的な土地柄では、最初はもう反対があったという。それが徐々に浸透し、来場者の増加にしたがって、地元とアートとの距離が縮まっていったのだとか。「ここではアーティストは、人の土地にものを作るわけですから、まずは地元の人たちを説得しなければならない。そして厳しい自然や諸条件と向き合い作品を作る。なにをするにも時間がかかります。その時間の中でアーティストは作品を作り、地元の人は自然とのつきあい方を教える。その関わりあいこそが大事なんです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いい話じゃないか。しかし、紙の上で読むいい話が、実際に目で確かめてがっかりしてしまう例も数多い。本当にそんな理想が実現できるのか。期待はしつつも、不安もあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、実際見てみて、できるものだなあと、実感した。展示作品をめぐる散策が、それ自体、わくわくするんだな。だいたい現代アートなんて、訳わからんものが大半なはずなのだが、それを楽しく観賞できる。芸術って、それを鑑賞するコンテクストが大事なのだということを実感する。いい入れ物に入れれば、中身も映える。里山とアート。そのミスマッチが、たまらん。前回は35万人の来場者があったとか。今回はそれを上回りそうとのこと。それもわかる。バイクのあんちゃんがガイドブック片手に次どこ行こうかと思案している。カップルももちろん多い。おばちゃんやおじちゃんも大勢いる。それに地元の面白がり方が半端じゃない。小学生が夏休みのひま潰しに展示スペースをたまり場にしている。スタッフとも仲良し。いいんじゃない、それで。松代地区の「農舞台」と呼ばれる展示施設のレストランをきりもりするおばあちゃん、多分、地元の人なんだろうけど、はきはきと元気に大混雑の客を巧みにさばくさばく。素敵だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この手のアート見本市が、本来どういうものか、門外漢の私は、まったく知らない。歴史のあるヴェネツィア・ビエンナーレなんて、記事は読んだことがあるくらいで、全貌がどういうものなのかまったく想像がつかない。だから、越後妻有のやりかたが王道なのか邪道なのか、わからない。でも、面白かった。かなり先鋭的な作品があったはずなのだが、それらすら純粋に楽しめた。写真を取ってもいいし、手で触ってもいい。そんな感覚だからか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;地元のタウン誌を読んでいたら、こんな記事が有った。「何だか物足りないね」といい意味でいう人がいる。つまり、少しくらい居ただけじゃ物足りないんだとか。確かに。こちとら、たった一日の滞在。全部で六つのエリアにわかれていて、イベントも含めて展示は260。しかも、一箇所の複数展示は一つにカウントされていたりするので、実数はわからない。もっと見てみたい。これだけじゃ物足りない。もっとこの地を知りたい。もっと溶け込んでみたい。仲間に入れておくれよ。そう言いたくなる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それにつけても、地元横浜でそういう感覚が持てたら、もっとずっとよかったと心から思うのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（越後妻有大地の芸術祭2009は、新潟県十日町市と津南町で7月23日から9月13日まで開催）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>あーと。</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2009-08-26T18:57:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-0e6e.html">
<title>雨上がりの夜空にちりばめられたダイヤモンド</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-0e6e.html</link>
<description>わしのカラオケの一発目はRCサクセションの「雨上がりの夜空に」だ。ついこないだも...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;わしのカラオケの一発目はRCサクセションの「雨上がりの夜空に」だ。ついこないだも歌った。熱唱した。実は中学の頃からの愛唱歌だ。もう30年近い昔のこと。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その、清志郎が、死んだ。夕べ寝る直前に入ってきたニュースだ。何とも、悲しい。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;生き方がロックンロール、っていうか、いつでも反骨で、この人が生放送の音楽番組に出ると、何が起こるかわからない冷や冷やがいつもあって、そのスリルがたまんなく、でもそれが何ともカッコよかった。予定調和的な、小さく収まる世界をせせら笑うような痛快さ。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何より、あの張りのあるソウルフルな歌声。そしてパフォーマンス。ステージ上からの「愛し合ってるか～い？」は、当時、みんな真似した。ステージからオーディエンスを取り込むその力。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;圧巻は1988年。反原発のCD発売中止は社会問題となった。アルバム『Covers』事件。 &lt;br /&gt;何で発売中止になったかというと、当時のレコード会社の東芝EMIがいうまでもなく、家電メーカーで、発電産業とも関わっていたから。そりゃ、そんなとこから原発反対のCDは出せんわナ。結局、メジャーバンドなのにインディーズから出して、大ヒットした。 &lt;br /&gt;当然放送禁止指定とした局もあって、そのひとつFM仙台（だったと思う）を生放送で名指しで批判した曲を歌いだして、これも大きな問題となったっけ。 &lt;br /&gt;風刺の部分だけが拡大されてしまったけど、このアルバム、音楽的にもセンス抜群で、とにかく当時のレビューで「フルカラオケアルバムを出してほしい」というのがあったくらい、口ずさんでみたくなるような絶品のカバー集だった。問題の歌詞を含む「ラブミーテンダー」を「何やってんダー」と替え歌したように、言葉の選び方がすごかった。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;坂本龍一とのキスシーン（！）が話題となったプロモビデオの「い・け・な・い・ルージュ・マジック」（確か81年）も思い出すなぁ。みんな歌ってたっけ。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実は、井上陽水の大ヒットアルバム『氷の世界』（72年）で何曲か共作しているなんていう意外な一面もある。 &lt;br /&gt;細野晴臣や演歌の坂本冬美と組んだHIS（旅行会社じゃないよ）というバンド（91年）も強烈だった。 &lt;br /&gt;強烈な個性の持ち主でありながら、コラボでもいい成果を残してたという意味でも、稀有な才能だったんじゃないかと思う。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とにかく思い出すときりがない。とにかく悲しい。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;心から冥福を祈る、のみだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おんがく</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2009-05-03T06:42:40+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-6520.html">
<title>セットリストはどこだ！</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-6520.html</link>
<description>「セットリスト（曲目リスト）がないと困るんだよ！」スコセッシが叫ぶ。「曲によって...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「セットリスト（曲目リスト）がないと困るんだよ！」スコセッシが叫ぶ。「曲によってカメラアングルを決めてるんだから」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ローリング・ストーンズのライヴ映画『ローリング・ストーンズ　シャイン・ア・アライト』（08）は、冒頭、なかなか演奏を映してくれない。監督のマーティン・スコセッシとストーンズとの折衝をややコミカルに追う。（スコセッシが役者として自分自身を、本当にコミカルに演じる。）ストーンズは何食わぬ顔でスコセッシの要請をはねのける。彼らにとってみれば、スコセッシの要求がきっとぴんと来ないんだろうな。無数のレパートリーの中から、今日はどれでいくかなんてのは、その日の気分と調子で決まるものなんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「セットリストが来た！」ほっとするスコセッシ。その次の瞬間、演奏が始まる！　一曲目は「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」！　（もっとも、このセットリストをめぐるやり取りはやや脚色されているらしいが、これに近い事態は実際に展開されていたらしい。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;名作『タクシー・ドライバー』や『レイジング・ブル』、最近ではデカプリオと組んだ『ギャング・オブ・ニューヨーク』や『アビエイター』で知られるマーティン・スコセッシがストーンズのライヴ映像を撮る！　それだけで興奮するじゃないか。しかも、会場となったのは、近頃のストーンズのツアーの恒例となったスタジアムではない。小さなホールだ。これがよかった。観客が手を伸ばせば触れられるところにストーンズがいる。実際、ミックやキース、ロンらのフロントマンたちは、時折観客にタッチする。&lt;br /&gt;客席と同じ目線にカメラがある。ストーンズのステージではおなじみの前に張りだした部分を歩くミックをアップで追う。それだけで絵になる。素晴らしい。キースもロンも、かっこいいが、やはり絵になるのはミックだ。「スタート・ミー・アップ」のとき（だったかと思うが）、親指を一本立てただけのその立ち姿のとにかく様になること。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ストーンズの演奏を追ったドキュメンタリー映画は他にもある。1982年に『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥギャザー』は、ストーンズのスタジアム・ツアーを追った映画だが、ツアーの規模の大きさをひたすら強調する演出は、今回の対極と言えるだろう。ちなみにスコセッシの今回のテーマは「親密さ」。どうも、メンバー同士の親密さの意味らしいが、会場の親密さももちろん十分表現されていた。&lt;br /&gt;ゴダールの『ワン・プラス・ワン』（68）は、「悪魔を憐れむ歌」のレコーディング風景だけを、政治的アジテーション映像と絡ませた、いかにもゴダールらしいコラージュ。このストーンズの録音の場面は、いくつも興味深い要素がある。親密さという点では、スコセッシの今回の映画に近いかもしれない。ステージ上ではクレイジーなミック・ジャガーがスタジオでは非常に知性的なのだ。意外。ギタリストのキースがベースを持って、ベースラインを作っていく。リズム・ラインが大事な楽曲なのは確かだが、本来のベーシストのビル・ワイマンが横でパーカッションを叩いているだけなのをみると、バンドの力関係が伺える。力関係といえば、結成時のリーダーのブライアン・ジョーンズが、隅の方で、意見を言うこともなくひたすらギターをならすだけなのも印象的だ。その直後ブライアンはストーンズを追いだされ、謎の死を遂げるのは有名な話。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、今回のライヴ映画だが、時折、昔のインタビュー映像がさしはさまれる。キースとロン、二人のギタリストに対して、「どっちが優秀なギタリストだと思う？」と聞くインタビュアー。ロンは「そりゃぼくだよ」と答える。キースはそれを聞いて「奴ならそう言うと思ったよ。でも、本当はおれたちは二人とも下手クソなのさ。でも、二人そろうと最高なんだよ」&lt;br /&gt;下手クソだとは思わないけど、いいコメントだ。いや、四人がそろうと、とにかく最高なんだよ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>むーびい</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2009-01-04T13:57:22+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-896f.html">
<title>予告編公開中！</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-896f.html</link>
<description>http://www.nihonbashi.ac.jp/ トップニュースの12月...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.nihonbashi.ac.jp/&quot;&gt;http://www.nihonbashi.ac.jp/&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;トップニュースの12月11日の記事ですな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本編の編集作業中。これが楽しいの何のって。若い才能に刺激を受けっぱなしだ。かなり面白いものが出来そうだ。日々、超忙しいにもかかわらず、この編集作業（結構時間食う）でストレスを発散している。正直言って。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;予告編の中で触れられている、主題歌「あなたのヒモになりたい」も完成。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作詞した自分が言うのもなんだが、コミックソングとしてはかなり秀逸なんではないかと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>まいせるふ</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2008-12-18T23:40:13+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-589e.html">
<title>よことり。</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-589e.html</link>
<description>久しぶりの更新。 展覧会とかの招待券をもらうことは、仕事柄多いのだけれど、いっつ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;久しぶりの更新。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;展覧会とかの招待券をもらうことは、仕事柄多いのだけれど、いっつもギリギリになってしまう。今回もそう。横浜トリエンナーレ。あと一週間でおしまい。で、行ってきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回は…楽しくなかった。招待券で入って悪口いうのは気が引けるのだが。でも、だめなものはだめだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;テーマがタイム・クレヴァス。かっこいいよね。で、赤レンガとかBankArtとか、新港ピアとかの湾岸名所が会場。結構わくわくさせるロケーション。（ついでに言うと、今回は会場に三渓園も加わっている。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;楽しめなかった、と書いたけど、まあ、正直、それなりには楽しめたんだ。でもワクワクしなかった。何で横浜で？って疑問符がどこまでもついて回った。まあ、アート作品の展示会だから、難解なものが多いのはしょうがないとして、難解なものを横浜で楽しんじゃおって遊び心がまったく感じられなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;アートに遊び心が必要か。いや、必ずしも必要はないだろう。でも、横浜でやるなら、必要だ。少なくとも、観光名所で、親子連れとかカップルとかを巻き込みたいイベントにするなら。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;身体性がテーマの一つのようで、パフォーマンス系のアーティストが出展してる。フルクサスの代表格オノ・ヨーコや、現代舞踊の勅使河原三郎、演劇のチェルフィッチュ（岡田利喜規）とか。60年代の前衛アーティストの記録映像の貴重な上映もあった。でも、あんまりパフォーマティヴじゃない。映像による記録も大事だけど。何か変なことやってるなぁ、って目で見られて終わりな感じの展示にしかなってない。素材がもったいない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;圧倒的にイカンと思ったのは、会場に解説がほとんどないってこと。音声ガイダンスはあるけど、有料。図録もあるけど、これも有料。しかも、こちらにもほとんど説明らしきものはない。説明してわかるのなら現代アートは終わり、そういう開き直りみたいなものが感じられる。横浜じゃなければそれでいいさ。しかし、何度も言うが、親子連れとかカップルとかを巻き込みたいなら、少なくともそういった人たち向けの挑発（解説でなくてもいいんだ）がもっとあってしかるべきじゃないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;身体性を強調していると書いたけど、そのせいもあって、15歳以下が入れない領域が結構ある。それはそれでいいのだけれど、そういう部分にも、入場にあたっての注意書きがある（人によっては不快な表現がありますって）だけで、そんな過激な作品ですら何でアート足りうるかという説得力が、ない。流血とか裸体露出とか、それ自体、見慣れた人には見慣れた世界だけれど、そうでない人にとってはどうなんだろう。言っておくが、それはアーティストのせいじゃない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回（2005年）は、参加型の作品が結構あったし、海上の外には多国籍料理のブースがあったり、とにかくお祭り気分満載で、我が家は子連れで行ったのだけど、それなりに楽しんだ。今回は子ども連れて行かなくて本当に良かったと思った。（子どもといっても、もう大きいんだけどね。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一人で期待しすぎていたのかも、とか思ったけど、どうもこう思ったのは一人だけじゃないようで、会場になっているBankArtで、横浜のアート批評のフリーペーパーの『HAMArt』ってのを配布してたんだけど、そこでも結構酷評されている。（会場においてあるのがすごいけど。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何度も言う。アーティストのせいじゃない。せっかく横浜でやるなら、横浜を楽しみたかっただけなんだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>あーと。</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2008-11-24T15:54:45+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_047f.html">
<title>三隅研次に剣は必要なかった。</title>
<link>http://vanitas.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_047f.html</link>
<description>必要があって、この夏は、三隅研次の映画ばかり見直していた。至福である。この映像美...</description>
<content:encoded>&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;必要があって、この夏は、三隅研次の映画ばかり見直していた。至福である。この映像美。この陰影。ああ、幸せな瞬間。&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot; style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;この夏、ラピュタ阿佐ヶ谷では、「京都ものがたり」と題された特集が組まれ、そこでは二本の三隅作品がプログラムに組み込まれていた。私がこの特集のことを知ったときには、そのひとつ、若尾文子主演の『処女が見た』の上演は終わっていたのだが、もう一本、『古都憂愁　姉いもうと』はかろうじて見ることができた。京都の老舗の料亭の看板を背負った姉妹の話。姉が妹の婚約者を略奪する形でかけ落ちするという、ある意味スキャンダラスな物語展開の背後には、丁寧な古都のたたずまいの描写が常にあり、そこに、また、食器や食材の一つ一つ、仕上がりつつある料理の一品一品が細かく映し出される。その手際は、もう、ひたすら感嘆するしかない。その細部にわたるこだわりの中で、藤村志保演じる姉と若柳菊の妹との確執と和解が巧みに描き出される。特に藤村志保の演技は、私が見た限りでは、彼女のベストだ。&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot; style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;15&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;年位前に、テレビ東京で、シネマスコープの左右を切り取ったテレビ放映で見たことはあったのだが、改めてワイドなシネマスコープで見直してみると、画面のこだわりが隅から隅へといきわたっているのがひしひしと伝わる。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;しかし、地味な話であるのも確かだ。よくぞこんな映画が作れたものである。座頭市と眠狂四郎という、シリーズもののヒット作を擁していた大映の余裕か。そうではない。&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;シリーズものを擁しながらも、はっきり言って衰退期に差し掛かっていた大映という映画会社の興行体制の中で（この映画の&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;4&lt;/span&gt;年後に大映は倒産する）、この映画が増村保造監督『妻二人』（若尾文子主演に加え、岡田茉莉子が松竹から呼ばれて共演した）とかけあわされ、さらに同じ三隅作品を増村作品の組み合わせが、この年の後半、それぞれの『なみだ川』（これもまったく同じ藤村志保、若柳菊主演）と『華岡青洲の妻』で再度実現することを見ても、大映がこの女性路線にひとつの起死回生の道を探っていたことがうかがえる。残念ながら、会社の命運を賭けていたといわれる後者の組み合わせですら興行的には失敗する。映画界の衰退は止めるべくもなかったのだ。&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot; style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;しかし、衰退期にこそ見せたこの美しさは、きわめて特筆すべき現象であるように思うのだ。当時興行的にはあだ花でしかなかったような作品を掘り出して崇め奉るのは、後世の無責任かもしれない。しかし、それにしてもこの美しさは、見過ごせない。そして、これこそが、三隅映画の本質のひとつだ。&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;確かに一般には、三隅は、市川雷蔵の剣三部作や眠狂四郎、勝新の座頭市で見られる、剣へのフェティシズムに近いこだわりで知られる。それは、本当に美しい。しかし、同じディテールへのこだわりが、チャンバラがまったく登場しないこうした作品群にも存分に発揮されるのを見るとき、剣は、三隅にとって、ひとつの手段でしかなかったことがわかる。&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot; style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;三隅が手がけた最後のシリーズが『子連れ狼』であり、この映画が、マカロニ・ウェスタン以後のハリウッド映画に大きな影響を与えたのは映画史的には有名な話のようだ（たとえば蓮実重彦も指摘している）。それは主にそのスプラッタ的な展開ゆえなのだろう。しかし、そこに引っかかってしまうとこのシリーズの真の美しさを見誤ってしまう。この残酷な映画群の中にあっても、三隅は、たとえば大五郎が何気なく見せるけなげな表情を掬い取り、風景に溶け込む親子の姿をきっちりと描く。その美しさは、まさに「あらゆるものが音と映像を介して響きあっている一篇のフィルムにあっては、ある細部が思いもかけず輝きわたる瞬間に、その輝きが全篇に及ぶしかないもの」（蓮実重彦の三隅論より）なのである。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;とにかく、この映画のDVD 化を切望します！&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot; style=&quot;FONT-FAMILY: HG行書体; mso-hansi-font-family: &amp;quot;ＭＳ 明朝&amp;quot;&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot; style=&quot;MARGIN: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>むーびい</dc:subject>

<dc:creator>いのうえ</dc:creator>
<dc:date>2008-09-04T22:17:59+09:00</dc:date>
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