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世界を横断しましょ。

『アクロス・ザ・ユニバース』(2007

ジュリー・テイマー監督。現在公開中。でも、もう少しで東京では終わってしまいそう。もう少し長くやればいいのに。

テイマーは日本では、ミュージカル、『ライオン・キング』の演出家として知られている演出家である(いや、知られては…ないか)。他にも映画『タイタス』や『フリーダ』を監督している。現在のアメリカ演劇界にあって、随一の鬼才といっていいんじゃないだろうか。基本的に資質はアバンギャルドなのに、エンタテイメントの世界でも成功している。それは、間違いなくすごいことだ。

で、『アクロス・ザ・ユニバース』。タイトルからわかる人はすぐにわかると思うが、ビートルズの曲名だ。で、これは、全編ビートルズの曲をベースにしたミュージカル。60年代アメリカを舞台にした「ボーイ・ミーツ・ガール」系の物語。一見、テイマーの資質に合わない感じを受けるが、基本的に極めてシンプルなラブ・ストーリィの中に、「これは盛り込みすぎだろう」というくらいに社会批判を盛り込み、映像的な実験をし、(これが一番重要なことだが)音楽で遊ぶ。

ビートルズでミュージカルなんてけしからん!という向きもあろう。しかし、そのビートルズが主演していた映画はどれも、自分たちの曲をベースにしたミュージカルであったことを思い出そう。そこに、リチャード・レスターという監督の遊び感覚に満ちた、きわめて実験的なテイストが加わり、極上のエンタテイメントに仕上がっていた。それと同じことをやっている。ただ、そこにビートルズがいないだけ。代わりに、ビートルズの曲を、巧みに解釈して歌う、別の俳優たちがいる。

しかも、映画全編に、お前らどこまでオタクなんだ!と突っ込みを入れたくなるような、ビートルズ・トリビアがいっぱい盛り込まれている。(パンフレットには、ご丁寧にも、それがリスト・アップされている。)

ちなみに、そのパンフには書いていなかった点で気がついたことがひとつ。主人公がリバプール出身で、アメリカにわたり、ニューヨークに落ち着くという展開、そして、イギリスにガールフレンドがありながら、アメリカで別の女性と恋に落ちるといういきさつは、ジョン・レノンをなぞっているんだと思う。いやファンにはあまりに自明なので、いまさらここで指摘するまでもないことだけどさ。

あと、たぶん、この映画、ビートルズ映画のうち、『イエロー・サブマリン』というアニメに一番インスパイアされているようにも思った。そもそもこのアニメ、良くぞ作ったというほどナンセンス感覚に満ち、逸脱に逸脱を重ね、遊びに遊びを上乗せするような映画だった。その感覚が、『アクロス・ザ・ユニバース』の随所随所に見て取れたのは、思わずニンマリだ。

ちなみに、テイマーは若いときに日本に滞在し、淡路島で文楽の修行をし、インドネシアにも3年滞在して、自分の劇団を率いて各地を回っている。それが『ライオン・キング』をはじめとする彼女の作品群に色濃く反映されているのは、これも知る人ぞ知る、有名な話。

ただ西洋の演劇人が東洋の演劇をまねて作品を作ろうとするとき、そこに帝国主義的な搾取を訴える声が必ず起こる。伝統を知らない西洋人がうわべだけを掠め取っただけの猿真似をしていることへの非難の声が上がる。われわれは、そう主張するに足る伝統を背負い込んでしまっている。

テイマーは、ただ、少なくとも、伝統を掠め取るようなことはしていない。伝統に根ざした姿勢を一貫して主張しているように思う。それは、この映画のように、ビートルズという、これもひとつの伝統といっていい存在に向き合った場合にも、共通している。

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