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2008年5月

孤高のポップシンガー

何か形容矛盾だよね。孤高のポップシンガー。ポップスなのに孤高って。要は世捨て人みたいなポップシンガー。思い当たる人はすぐに思い当たると思う。オザケンこと小沢健二だ。

90年代初頭から半ばにかけて、最も成功したシンガー・ソングライターの一人だった。しかし、彼は90年代後半、忽然と、音楽シーンの表舞台から姿を消す。ときどき思い出したようにCDは出ている。しかし、90年代の売れ線からは明らかに距離を置いた、まったくマイペースな活動になってしまっている。最新作の『毎日の環境学: Ecology Of Everyday Life』(2006)にいたっては、歌うことも放棄してしまったインストアルバムだ。ファンの間では話題にはなったが、セールス的には90年代に及ぶべくもないのは言うまでもない。

何があったのだろう。

もともと彼は、小山田圭吾(コーネリアス)と一緒に80年代の終わりからフリッパーズ・ギターというバンドをやっていた。今となっては伝説的なバンドだ。当時は小生意気なガキんちょのくせに音楽的センスは抜群だという風な、一種の鬼っ子的な見方をされていた。いろいろよくない評判が活動の真っ盛りのうちから入ってきていた。音楽的には当時の日本のポップス界にあって(J-popなどという言い方はまだなかった)突き抜けてセンスがよくって、洋楽テイストな邦楽ポップスという意味で、洋楽ファンも一目置いていた。しかしそれが91年、たった3枚のアルバムを残して、突然解散してしまう。小沢も小山田も、それぞれソロアーティストとしてスタートする。

フリッパーズ:ギターの解散もかなり衝撃的だった。だけどソロの小沢健二の、静かな隠遁も、同じくらい衝撃だ。あれだけの成功を収めたミュージシャンがなぜ?という疑問は、やはりぬぐえない。フリッパーズ解散のときも、小沢(たち)は何も語らなかったが、この静かなる隠棲も謎のままである。

華やかな活動ではあったが、小沢の歌詞は(しばしば指摘されてきたけれど)、思いがけない赤裸々なフレーズに出会ったりする一方で、時に難解でレトリカルで韜晦に満ちたものも多い。東大の英文科卒というのは理由にはならないだろうけど、ポップス界にあって、まちがいなく不必要なまでにエリートだった。

しかし、彼の音楽は、よかった。本当に。吹っ切れた感じの馬鹿明るさがあった。(その背景を探るのは、きっと骨の折れる作業なのだが。)抜群の突き抜けた明るさの作曲センスと、そこから仄見えるダークな心象。このバランスは、90年代初頭の(ミリオンセールスを連発した)巨大ビジネスとなった音楽界にあって、ある意味で、ひとつの誠実さでもあった。彼が隠遁生活に入ってしまった今でも、それは変わりない。

残念なことがひとつ。実は小沢はアルバムに入っていない、シングルだけで発表した楽曲に傑作が非常に多いのだけれど、それをコンピレートしたアルバムが1枚だけしかないのだ。5年前の『刹那』。しかし、これは、アルバムでは聞けないシングル曲を集めたアルバムとしてファンには期待されながら、発売延期を繰り返し、結果的には、かなり不完全なコンピレーションアルバムとして発売された。そこからこぼれた作品にもいいものが多い。「戦場のボーイズ・ライフ」とか「恋しくて」とか。『刹那』は収録時間が確か45分くらいで、現在のCDの収録時間をはるかに下回っている。かつては70分くらいだったCDも、今では80分ちかいもの出てくるようになった。収録できないわけではない。小沢があえて、入れなかったのだ。彼は過去の自分を否定しようとしていたのだろうか。

世捨て人になってもいい。でも、過去の作品を葬り去ることはしないでほしい。切に願う。

100パーセントありえないことなんだけど、そしてそれが実現しても期待はずれになるだろうなとは思いつつも、万が一フリッパーズが再結成なんてことになったら、私は、すべての仕事を捨て去ってライブに駆けつけてしまうと思う。そういうファンは大勢いるはず。そして、間違いなく、オザケン単独のライブを望んでいるファンも。

彼の年齢は、私の一つ下。またまだ隠棲を決め込む年でもない、と、世俗的な欲求にどっぷり浸っている私などは思ってしまうのだけれど。

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あなたはどこ?

映画の題名です。2003年に山形国際ドキュメンタリー映画際で上映された作品。なぜか(なぜかは言えないけど←大した理由じゃないんだけどね)見る機会に恵まれた。こんな作品があったなんて!

とにかく新鮮なドキュメンタリーだった。

インドの伝統的な影絵劇の人形師たちの現在を淡々と追うドキュメンタリー。「淡々と」としか言いようがない。監督のR・V・ラマニが自らカメラを持ち、老いた人形師たちに直接インタビューする。われわれが普段見慣れたドキュメンタリーとは全然異なり、全く加工されないまま映し出される。ナレーションもない。現地語のため、英語の字幕がつき、さらに日本語の字幕がかぶさる。ほかの字幕はない。人形の説明とか、操作法とか、背景となっている『ラーマーヤナ』の情報とか、われわれが期待してしまう、一切の情報はここからは得られない。もちろん、編集はされているが、編集、というよりは、フィルムをつなげただけ、という印象だ。

しかし、それでも、伝わる。

けた外れの芸能だ。ある人形師の言葉。「7時から始めて12時まで、お客さんにもよるが少なくとも10時まではやる」と。すごいなあ。しかし、10時で終わるか12時で終わるかって、結構大きな差だと思うのだけど。あるいは「ふだんは三日でやるところを今晩は一晩でやるよ」とか。アバウトなのかおおらかなのか。

尋ねた先で、「○○さんは?」と聞くと、家族から「死んだよ」との答えが。何度となくそういう場面に出くわす。「彼に会いに来たのになあ」とインタビュワー。そのやり取りがあまりに淡々としているので見過ごしてしまうが、要は伝統が途絶えつつあるということだ。

14年間の(ラーマーヤナの)物語を何十年も語ってきたが、ラーマーヤナは時代に合わない、今は同じネタだけど別路線でやっているという。別路線がどういう路線なのか、説明はされない。「人形師はもはや尊敬されない。昔はどこの街にいっても手厚くもてなされた。今では邪魔者扱いだ」と。テレビやビデオの普及で、もうこの商売が成り立たないことはわかっていた、と。

終末近く、ある老人が嘆く。「ラーマーヤナって何?と聞かれる。影絵芝居だよ、と答える。影絵芝居って何?って聞かれる。国中がこのすぐれた芸術を忘れてしまった」。

こうしたことが何の解説もなく、ほとんどぶっきら棒に映し出される。

最後の場面は、ダセラ祭り。どういう祭なのかはよくわからなかったのだけど、各地に散らばった人形師たちが集まってくるのは確からしい。以前にインタビューを受けた顔が再集合するわけだ。化粧をしながら(演じ手は見えないはずなのに)、「影絵劇は○○(地名。正確な名は聞き逃した)が起源なんだ」というと、別の人物が「いや、××から○○に伝わったんだ」と言い張る。要は起源ははっきりしないということなんだろう。この映画、当然、どっちの言い分が正しいかを追求することは、しない。

その祭の場で、監督のラマニ、は集まった人形師たちに、これまで撮りためたフィルムをモニターに映して流す。それを見て、涙ぐむ初老の人形師がいた。そこに流れている歌は、あるいは映像は彼にとってどういう意味を持っていたのだろう。それもわからない。

全153分(!)は、そんな感じで、突然終わる。学問的には、あるいは民俗学的には、本当はもっと追求してほしい!とか、整理してほしい!という欲求に駆られるようなところだけど、作品としてはこれで十分だ。2時間半。全く飽きなかった。いわゆるドキュメンタリーとして、これがいいのかどうかわからない。でも、すごい作品だ。

実は、学生と二人で突っ込みを入れながら見たのだけれど、そういういい加減な鑑賞で十分楽しめる。

作品が作品だけに、商業ベースでの一般公開やソフト化は難しいらしい。でも、きちんとした企画をした上での上映会なら、可能性がありそう。

http://www.yidff.jp/2003/cat037/03c045.html

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