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2008年2月

Call the Ambulance?

というわけで、ポリスに行ってきたわけです。東京ドーム。

いろんな人のブログを呼んでいると、絶賛の嵐、ですな。

私の結論から言うと、スチュワート・コープランドのスティックさばきに圧倒され、アンディ・サマーズのギターに酔い……スティングのヴォーカルに、「あれ?」とちょっとずっこけてしまった一晩でした。

演奏はカンペキだった。サポートミュージシャン一切なし。その潔さ。光っていたのがコープランドのドラム。ドラムが演奏の軸を作るってことが、本当にあるんだと感心した。サマーズのギターは、オリジナル曲よりもソロ部分が増えていて、聞かせどころたっぷり。あごのたるみが気になったけど(笑)、65歳とは思えません。

で、スティングのヴォーカル。他のブログを読んでいると、「56歳とは思えない声の伸び」とあって、それはそのとおりなんだけど、でも、高い音は出ていても、曲によって声が不安定だったりと、ひやひやするところもあった。最盛期のライブを(たとえ映像とはいえ)見ている身としてはちょっと寂しかったなぁ。

スタンド席で見ていたのだけれど、おそらくは安全対策だろうけど(何せ傾斜が急なスタジアムだから)、指定席が一列おきになっていて、何かスカスカなんだ。アリーナの方がぎゅっと一体化していて、あっちがうらやましいなあ、と感じてしまった。結局最後まで立ち上がるきっかけを逸してしまったのでした。

なんだかんだ文句を言ったけど、Wowowで放映されるっていううわさのこの日の収録を、何とか知人のつてをたぐって入手できないかなと必死に画策しているばにたすでありました。

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追悼 市川崑

昨晩行ってきたポリスの再結成コンサートのことも書きたいのだけれど、やはり、この話題からだよね、このブログの路線からしたら。

前々回のブログで触れたばかりの市川崑監督が亡くなりました。92歳。合掌。タイミングよすぎて、びっくり。

本当は彼には生きていてもらってもう何本かでも映画を撮ってもらいたかったところだけれど、でも、今となっては、そんなこと言っても仕方ない。安らかにお眠りくださいと願うよりない。

私の年代はバリバリ角川映画世代だから、良くも悪くも市川崑というとどうしても金田一シリーズの監督のイメージで見てしまう。もちろん金田一シリーズは名作『東京オリンピック』以降の彼の代表作だから、間違った見方ではない。でも、これも前に書いたけれど、市川監督の世界がこの金田一モノのイメージだけで固定されてしまうのは、あんまりだ。とにかく幅広いジャンルと格闘して、そして目覚しい成果を挙げているのだから。

とにかく映像美の作家だと私は思っている。どの作品でもそれを味わうことは出来るが、ぴか一は谷崎原作の『細雪』(1983)かな。冒頭の桜の美しさ、建物の美しさ、陰影の美しさ、そして人物たちの和服姿の美しさ。見ていて惚れ惚れする。

よく指摘されていることだけど(今朝のニュースでもコメントで触れられていたし)記録映画『東京オリンピック』(1965)を、開発のために解体されるビルの映像から始める奇抜な発想。この奇抜さもたまらない。

全前回も書いたが、テーマや題材にこだわりをあまり持たず、手当たりしだいと思えるくらいの軽さであらゆるジャンルに取り組んだのも市川崑のすごいところだ。先々週BSで放映していた『トッポ・ジージョのボタン戦争』(1967)なんて、ほんとにあのトッポ・ジージョ人形を使って人形劇の映画を演出してしまったんだから。名匠と呼ばれる監督でここまでやった人を私は知らない。

市川監督がアニメーター出身だったってことは、これももう繰り返し語られた有名な話だけれど、それが彼の画作りにどういう形で活かされているのかが、2000年に作られた『新選組』という作品を見るとすごくよくわかる。これは黒鉄ヒロシ原作の漫画を切り取って、静止画のダンボール人形みたいなのを作ってこれを画面の中で動かして撮影したという、人形劇ともアニメとも付かない作品。ダンボールの人物それ自体がアニメのように動き出すことはないが、それが画面の中で巧みに配置され、照明を当てられ、陰影をつけられると、これがもう、芸術としか言いようのない見事な画となる。市川演出の手の内を明かしてくれるという意味でも、もっと評価されていい作品だ。こういう作品を晩年に作ってしまうバイタリティ。

どれか一本を、といわれると、迷ってしまうけど、あえて言えば前にもブログで触れた『ぼんち』(1960)かな。市川雷蔵が本当にやりたかったネタ。雷蔵という素材の良さを活かした名匠はいっぱいいるが、気弱だけど意地悪く、したたかな一面も持つ、船場の商人のぼんぼんなんて役どころは、たぶん、市川崑にしか描けなかったろう。

最後の最後まで第一線にいて、最後の最後まで代表作を作り続けた。もう彼の新しい作品を見ることは出来ないが、彼の偉業を振り返ることは出来る。これを機会にもっとみんな市川崑を見よう。そしてその世界の深さに頭を垂れよ!

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Call the Police!

http://www.tfm.co.jp/thepolice/
いよいよ来るぜ。ポリスが!
再結成コンサート。 13日、東京ドーム。 今日は大阪でやってるはず。どんなだったんだろう。気になるなあ。
今日ロッキング・オンを久しぶりに立ち読みして調べたところ、どうやらアンコールはRoxanneでEvery Breath You Takeだっていうじゃないか! 感涙必至。

パンク・バンドなのにレゲエテイスト。完璧なテクニック。上記ロッキング・オンでは、当時は「パンクなのにうますぎる中途半端なバンド」という評価があったとか。これって、今思えばすっごい賛辞だよねえ。駄作がないからどんな曲目を並べたところでヒット曲オンパレードになってしまう、とも。ふむふむ。そのとおり。

そういえば1980年に来日した当時、ポリスのメンバー自身で新録したDe Do Do Do de Da Da Daの日本語版って、出ていたような記憶があるのだけど、あれ、今はもうどこでも聞けないなあ。「言葉ーじゃ、嘘にーなる」って出だしだったように思う。「ドゥ、ドゥ、ドゥ、デ、ダ、ダ、ダは俺の言葉サー」ってさびだったような。(沖縄言葉じゃないよ。)もう一度聞きたいなあ。もしかしたら当日、やっちゃったりして。

いろいろ妄想が膨らむぜ。

しかし! その日は会議! この日に限って延長はなしよ。皆様お願い!

必然的にスーツで東京ドームってことになる。何か野暮ったいけど、案外、そういう親父ばかりのような気もする。

いいさ、親父でも。人間だもの。

byみつを(嘘!)

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コンとカネト

今、映画監督の新藤兼人と市川崑について調べている。二人とも90歳を越えたいまでも現役として仕事を続けている。ひたすら感服するのみだ。

先日、NHKハイビジョンで、ハイビジョン特集「新藤兼人95歳 人生との格闘果てず」ってのをやってた(1月28日)。95歳にしてなお新作に取り組む日々のドキュメンタリー。白内障で片目が利かないらしい。しかも、足腰がほとんど立たなくなっている。それでも映画を撮る。しかも、全編ロケの新作を。

いや、実際に映像で見ても信じられない光景だった。真夏のロケって。昨年夏って、記録的な猛暑だったでしょ? それでも、映画、撮る? 95歳が? うーん。

市川だって、新藤に次ぐご老体だ。それでも一昨年、自ら旧作『犬神家の一族』をリメイクしたのは記憶に新しい。

おいおい、である。

考えてみれば対照的な二人、である。

市川は、とにかく作品の幅がひたすら広い。これは前にも書いたけど。われわれの世代だと、70年代後半の金田一耕介シリーズの印象が強いが、文芸大作も堅実にこなすし、ユーモア路線もいける。アニメーター出身ってこともあって、一番最初のキャリアは戦争中の人形劇映画『娘道成寺』だったりする。ある世代には大ヒットした記録映画『東京オリンピック』(65年)が印象的だったりするのだろうな。15年位前にはキャッチーな『黒い十人の女』(61年)が大々的に再評価されたことおあったっけ。どんなジャンルでも堅実に仕事ができる、職人でありながら、映像への徹底したこだわりが、どの作品にも見て取れる。酔わせる陰影と色彩の使い手だと思う。

一方の新藤は、作品数は多いが、テーマ的には一貫している。大手の資本に拠らない、独立プロを基盤で自由な映画作りを追究できたというのが大きいのだろけど。社会派路線がひとつの大きな柱となっているのは、独立プロで活躍する最大のゆえんなのだろうが、実は、新藤のもう一つの柱として、人間の生きる能力の根源を「性」に求めた作品群があるのを忘れてはならないだろう。90歳過ぎてもこのテーマで作品が取れてしまうのが、本当にすごい。ていうかエロ爺? もちろんこれはほめ言葉。

返す返す、対照的な二人だが、もちろん、接点はある。脚本家として新藤は何本か市川作品にかかわっている。あと、共通点としては、徹底した平和主義者だということ。新藤の映画界への最大の貢献のひとつに、戦後の早い段階で反戦映画に取り組んだということがあるが、市川もそれは同じである。新藤の原水爆へのこだわりは広島出身者としては当然なのかもしれないが、『原爆の子』(52)や『第五福竜丸』(59)など、今見てもまったく色あせない反戦映画だ。市川にも代表作『ビルマの竪琴』(56,85)が有名だが、大岡昇平原作の『野火』なんていう、大手資本の大映で撮ったとは思えない徹底的な実験的な反戦映画もある。『ビルマ』の原作へのほれ込みようは、この映画を撮るために所属会社を移籍したというエピソードが物語っている。

現在、日本映画界最高齢のこの二人について調べることになったのは、まったくの偶然。それぞれ別の仕事の中でのこと。でも、この偶然にはちょっと感謝している。当たり前だが、調べれば調べるほど面白いのだ。

この冬、ずっと読んでいるのは、『市川崑の映画たち』という、94年に出たロングインタビュー。600ページにも及ぶ。これは、至福である。もちろん、鑑賞した映画のところを重点的に読むという読み方だけど、見てない映画も、「ああ、見てみたい」と思わせる本である。

願わくば100歳になっても映画を撮ってもらいたいな。周りは大変だろうけど。そのくらいのわがままをしてもいいくらい、映画界に貢献した二人だよ。

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