雨上がりの夜空にちりばめられたダイヤモンド

わしのカラオケの一発目はRCサクセションの「雨上がりの夜空に」だ。ついこないだも歌った。熱唱した。実は中学の頃からの愛唱歌だ。もう30年近い昔のこと。

その、清志郎が、死んだ。夕べ寝る直前に入ってきたニュースだ。何とも、悲しい。

生き方がロックンロール、っていうか、いつでも反骨で、この人が生放送の音楽番組に出ると、何が起こるかわからない冷や冷やがいつもあって、そのスリルがたまんなく、でもそれが何ともカッコよかった。予定調和的な、小さく収まる世界をせせら笑うような痛快さ。

何より、あの張りのあるソウルフルな歌声。そしてパフォーマンス。ステージ上からの「愛し合ってるか~い?」は、当時、みんな真似した。ステージからオーディエンスを取り込むその力。

圧巻は1988年。反原発のCD発売中止は社会問題となった。アルバム『Covers』事件。
何で発売中止になったかというと、当時のレコード会社の東芝EMIがいうまでもなく、家電メーカーで、発電産業とも関わっていたから。そりゃ、そんなとこから原発反対のCDは出せんわナ。結局、メジャーバンドなのにインディーズから出して、大ヒットした。
当然放送禁止指定とした局もあって、そのひとつFM仙台(だったと思う)を生放送で名指しで批判した曲を歌いだして、これも大きな問題となったっけ。
風刺の部分だけが拡大されてしまったけど、このアルバム、音楽的にもセンス抜群で、とにかく当時のレビューで「フルカラオケアルバムを出してほしい」というのがあったくらい、口ずさんでみたくなるような絶品のカバー集だった。問題の歌詞を含む「ラブミーテンダー」を「何やってんダー」と替え歌したように、言葉の選び方がすごかった。

坂本龍一とのキスシーン(!)が話題となったプロモビデオの「い・け・な・い・ルージュ・マジック」(確か81年)も思い出すなぁ。みんな歌ってたっけ。

実は、井上陽水の大ヒットアルバム『氷の世界』(72年)で何曲か共作しているなんていう意外な一面もある。
細野晴臣や演歌の坂本冬美と組んだHIS(旅行会社じゃないよ)というバンド(91年)も強烈だった。
強烈な個性の持ち主でありながら、コラボでもいい成果を残してたという意味でも、稀有な才能だったんじゃないかと思う。

とにかく思い出すときりがない。とにかく悲しい。

心から冥福を祈る、のみだ。

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セットリストはどこだ!

「セットリスト(曲目リスト)がないと困るんだよ!」スコセッシが叫ぶ。「曲によってカメラアングルを決めてるんだから」

ローリング・ストーンズのライヴ映画『ローリング・ストーンズ シャイン・ア・アライト』(08)は、冒頭、なかなか演奏を映してくれない。監督のマーティン・スコセッシとストーンズとの折衝をややコミカルに追う。(スコセッシが役者として自分自身を、本当にコミカルに演じる。)ストーンズは何食わぬ顔でスコセッシの要請をはねのける。彼らにとってみれば、スコセッシの要求がきっとぴんと来ないんだろうな。無数のレパートリーの中から、今日はどれでいくかなんてのは、その日の気分と調子で決まるものなんだろう。

「セットリストが来た!」ほっとするスコセッシ。その次の瞬間、演奏が始まる! 一曲目は「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」! (もっとも、このセットリストをめぐるやり取りはやや脚色されているらしいが、これに近い事態は実際に展開されていたらしい。)

名作『タクシー・ドライバー』や『レイジング・ブル』、最近ではデカプリオと組んだ『ギャング・オブ・ニューヨーク』や『アビエイター』で知られるマーティン・スコセッシがストーンズのライヴ映像を撮る! それだけで興奮するじゃないか。しかも、会場となったのは、近頃のストーンズのツアーの恒例となったスタジアムではない。小さなホールだ。これがよかった。観客が手を伸ばせば触れられるところにストーンズがいる。実際、ミックやキース、ロンらのフロントマンたちは、時折観客にタッチする。
客席と同じ目線にカメラがある。ストーンズのステージではおなじみの前に張りだした部分を歩くミックをアップで追う。それだけで絵になる。素晴らしい。キースもロンも、かっこいいが、やはり絵になるのはミックだ。「スタート・ミー・アップ」のとき(だったかと思うが)、親指を一本立てただけのその立ち姿のとにかく様になること。

ストーンズの演奏を追ったドキュメンタリー映画は他にもある。1982年に『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥギャザー』は、ストーンズのスタジアム・ツアーを追った映画だが、ツアーの規模の大きさをひたすら強調する演出は、今回の対極と言えるだろう。ちなみにスコセッシの今回のテーマは「親密さ」。どうも、メンバー同士の親密さの意味らしいが、会場の親密さももちろん十分表現されていた。
ゴダールの『ワン・プラス・ワン』(68)は、「悪魔を憐れむ歌」のレコーディング風景だけを、政治的アジテーション映像と絡ませた、いかにもゴダールらしいコラージュ。このストーンズの録音の場面は、いくつも興味深い要素がある。親密さという点では、スコセッシの今回の映画に近いかもしれない。ステージ上ではクレイジーなミック・ジャガーがスタジオでは非常に知性的なのだ。意外。ギタリストのキースがベースを持って、ベースラインを作っていく。リズム・ラインが大事な楽曲なのは確かだが、本来のベーシストのビル・ワイマンが横でパーカッションを叩いているだけなのをみると、バンドの力関係が伺える。力関係といえば、結成時のリーダーのブライアン・ジョーンズが、隅の方で、意見を言うこともなくひたすらギターをならすだけなのも印象的だ。その直後ブライアンはストーンズを追いだされ、謎の死を遂げるのは有名な話。

さて、今回のライヴ映画だが、時折、昔のインタビュー映像がさしはさまれる。キースとロン、二人のギタリストに対して、「どっちが優秀なギタリストだと思う?」と聞くインタビュアー。ロンは「そりゃぼくだよ」と答える。キースはそれを聞いて「奴ならそう言うと思ったよ。でも、本当はおれたちは二人とも下手クソなのさ。でも、二人そろうと最高なんだよ」
下手クソだとは思わないけど、いいコメントだ。いや、四人がそろうと、とにかく最高なんだよ。

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予告編公開中!

http://www.nihonbashi.ac.jp/

トップニュースの12月11日の記事ですな。

本編の編集作業中。これが楽しいの何のって。若い才能に刺激を受けっぱなしだ。かなり面白いものが出来そうだ。日々、超忙しいにもかかわらず、この編集作業(結構時間食う)でストレスを発散している。正直言って。

予告編の中で触れられている、主題歌「あなたのヒモになりたい」も完成。

作詞した自分が言うのもなんだが、コミックソングとしてはかなり秀逸なんではないかと思う。

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よことり。

久しぶりの更新。

展覧会とかの招待券をもらうことは、仕事柄多いのだけれど、いっつもギリギリになってしまう。今回もそう。横浜トリエンナーレ。あと一週間でおしまい。で、行ってきました。

今回は…楽しくなかった。招待券で入って悪口いうのは気が引けるのだが。でも、だめなものはだめだ。

テーマがタイム・クレヴァス。かっこいいよね。で、赤レンガとかBankArtとか、新港ピアとかの湾岸名所が会場。結構わくわくさせるロケーション。(ついでに言うと、今回は会場に三渓園も加わっている。)

楽しめなかった、と書いたけど、まあ、正直、それなりには楽しめたんだ。でもワクワクしなかった。何で横浜で?って疑問符がどこまでもついて回った。まあ、アート作品の展示会だから、難解なものが多いのはしょうがないとして、難解なものを横浜で楽しんじゃおって遊び心がまったく感じられなかった。

アートに遊び心が必要か。いや、必ずしも必要はないだろう。でも、横浜でやるなら、必要だ。少なくとも、観光名所で、親子連れとかカップルとかを巻き込みたいイベントにするなら。

身体性がテーマの一つのようで、パフォーマンス系のアーティストが出展してる。フルクサスの代表格オノ・ヨーコや、現代舞踊の勅使河原三郎、演劇のチェルフィッチュ(岡田利喜規)とか。60年代の前衛アーティストの記録映像の貴重な上映もあった。でも、あんまりパフォーマティヴじゃない。映像による記録も大事だけど。何か変なことやってるなぁ、って目で見られて終わりな感じの展示にしかなってない。素材がもったいない。

圧倒的にイカンと思ったのは、会場に解説がほとんどないってこと。音声ガイダンスはあるけど、有料。図録もあるけど、これも有料。しかも、こちらにもほとんど説明らしきものはない。説明してわかるのなら現代アートは終わり、そういう開き直りみたいなものが感じられる。横浜じゃなければそれでいいさ。しかし、何度も言うが、親子連れとかカップルとかを巻き込みたいなら、少なくともそういった人たち向けの挑発(解説でなくてもいいんだ)がもっとあってしかるべきじゃないか。

身体性を強調していると書いたけど、そのせいもあって、15歳以下が入れない領域が結構ある。それはそれでいいのだけれど、そういう部分にも、入場にあたっての注意書きがある(人によっては不快な表現がありますって)だけで、そんな過激な作品ですら何でアート足りうるかという説得力が、ない。流血とか裸体露出とか、それ自体、見慣れた人には見慣れた世界だけれど、そうでない人にとってはどうなんだろう。言っておくが、それはアーティストのせいじゃない。

前回(2005年)は、参加型の作品が結構あったし、海上の外には多国籍料理のブースがあったり、とにかくお祭り気分満載で、我が家は子連れで行ったのだけど、それなりに楽しんだ。今回は子ども連れて行かなくて本当に良かったと思った。(子どもといっても、もう大きいんだけどね。)

一人で期待しすぎていたのかも、とか思ったけど、どうもこう思ったのは一人だけじゃないようで、会場になっているBankArtで、横浜のアート批評のフリーペーパーの『HAMArt』ってのを配布してたんだけど、そこでも結構酷評されている。(会場においてあるのがすごいけど。)

何度も言う。アーティストのせいじゃない。せっかく横浜でやるなら、横浜を楽しみたかっただけなんだ。

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三隅研次に剣は必要なかった。

必要があって、この夏は、三隅研次の映画ばかり見直していた。至福である。この映像美。この陰影。ああ、幸せな瞬間。

この夏、ラピュタ阿佐ヶ谷では、「京都ものがたり」と題された特集が組まれ、そこでは二本の三隅作品がプログラムに組み込まれていた。私がこの特集のことを知ったときには、そのひとつ、若尾文子主演の『処女が見た』の上演は終わっていたのだが、もう一本、『古都憂愁 姉いもうと』はかろうじて見ることができた。京都の老舗の料亭の看板を背負った姉妹の話。姉が妹の婚約者を略奪する形でかけ落ちするという、ある意味スキャンダラスな物語展開の背後には、丁寧な古都のたたずまいの描写が常にあり、そこに、また、食器や食材の一つ一つ、仕上がりつつある料理の一品一品が細かく映し出される。その手際は、もう、ひたすら感嘆するしかない。その細部にわたるこだわりの中で、藤村志保演じる姉と若柳菊の妹との確執と和解が巧みに描き出される。特に藤村志保の演技は、私が見た限りでは、彼女のベストだ。

15年位前に、テレビ東京で、シネマスコープの左右を切り取ったテレビ放映で見たことはあったのだが、改めてワイドなシネマスコープで見直してみると、画面のこだわりが隅から隅へといきわたっているのがひしひしと伝わる。

しかし、地味な話であるのも確かだ。よくぞこんな映画が作れたものである。座頭市と眠狂四郎という、シリーズもののヒット作を擁していた大映の余裕か。そうではない。

シリーズものを擁しながらも、はっきり言って衰退期に差し掛かっていた大映という映画会社の興行体制の中で(この映画の4年後に大映は倒産する)、この映画が増村保造監督『妻二人』(若尾文子主演に加え、岡田茉莉子が松竹から呼ばれて共演した)とかけあわされ、さらに同じ三隅作品を増村作品の組み合わせが、この年の後半、それぞれの『なみだ川』(これもまったく同じ藤村志保、若柳菊主演)と『華岡青洲の妻』で再度実現することを見ても、大映がこの女性路線にひとつの起死回生の道を探っていたことがうかがえる。残念ながら、会社の命運を賭けていたといわれる後者の組み合わせですら興行的には失敗する。映画界の衰退は止めるべくもなかったのだ。

しかし、衰退期にこそ見せたこの美しさは、きわめて特筆すべき現象であるように思うのだ。当時興行的にはあだ花でしかなかったような作品を掘り出して崇め奉るのは、後世の無責任かもしれない。しかし、それにしてもこの美しさは、見過ごせない。そして、これこそが、三隅映画の本質のひとつだ。

確かに一般には、三隅は、市川雷蔵の剣三部作や眠狂四郎、勝新の座頭市で見られる、剣へのフェティシズムに近いこだわりで知られる。それは、本当に美しい。しかし、同じディテールへのこだわりが、チャンバラがまったく登場しないこうした作品群にも存分に発揮されるのを見るとき、剣は、三隅にとって、ひとつの手段でしかなかったことがわかる。

三隅が手がけた最後のシリーズが『子連れ狼』であり、この映画が、マカロニ・ウェスタン以後のハリウッド映画に大きな影響を与えたのは映画史的には有名な話のようだ(たとえば蓮実重彦も指摘している)。それは主にそのスプラッタ的な展開ゆえなのだろう。しかし、そこに引っかかってしまうとこのシリーズの真の美しさを見誤ってしまう。この残酷な映画群の中にあっても、三隅は、たとえば大五郎が何気なく見せるけなげな表情を掬い取り、風景に溶け込む親子の姿をきっちりと描く。その美しさは、まさに「あらゆるものが音と映像を介して響きあっている一篇のフィルムにあっては、ある細部が思いもかけず輝きわたる瞬間に、その輝きが全篇に及ぶしかないもの」(蓮実重彦の三隅論より)なのである。

とにかく、この映画のDVD 化を切望します!

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世界を横断しましょ。

『アクロス・ザ・ユニバース』(2007

ジュリー・テイマー監督。現在公開中。でも、もう少しで東京では終わってしまいそう。もう少し長くやればいいのに。

テイマーは日本では、ミュージカル、『ライオン・キング』の演出家として知られている演出家である(いや、知られては…ないか)。他にも映画『タイタス』や『フリーダ』を監督している。現在のアメリカ演劇界にあって、随一の鬼才といっていいんじゃないだろうか。基本的に資質はアバンギャルドなのに、エンタテイメントの世界でも成功している。それは、間違いなくすごいことだ。

で、『アクロス・ザ・ユニバース』。タイトルからわかる人はすぐにわかると思うが、ビートルズの曲名だ。で、これは、全編ビートルズの曲をベースにしたミュージカル。60年代アメリカを舞台にした「ボーイ・ミーツ・ガール」系の物語。一見、テイマーの資質に合わない感じを受けるが、基本的に極めてシンプルなラブ・ストーリィの中に、「これは盛り込みすぎだろう」というくらいに社会批判を盛り込み、映像的な実験をし、(これが一番重要なことだが)音楽で遊ぶ。

ビートルズでミュージカルなんてけしからん!という向きもあろう。しかし、そのビートルズが主演していた映画はどれも、自分たちの曲をベースにしたミュージカルであったことを思い出そう。そこに、リチャード・レスターという監督の遊び感覚に満ちた、きわめて実験的なテイストが加わり、極上のエンタテイメントに仕上がっていた。それと同じことをやっている。ただ、そこにビートルズがいないだけ。代わりに、ビートルズの曲を、巧みに解釈して歌う、別の俳優たちがいる。

しかも、映画全編に、お前らどこまでオタクなんだ!と突っ込みを入れたくなるような、ビートルズ・トリビアがいっぱい盛り込まれている。(パンフレットには、ご丁寧にも、それがリスト・アップされている。)

ちなみに、そのパンフには書いていなかった点で気がついたことがひとつ。主人公がリバプール出身で、アメリカにわたり、ニューヨークに落ち着くという展開、そして、イギリスにガールフレンドがありながら、アメリカで別の女性と恋に落ちるといういきさつは、ジョン・レノンをなぞっているんだと思う。いやファンにはあまりに自明なので、いまさらここで指摘するまでもないことだけどさ。

あと、たぶん、この映画、ビートルズ映画のうち、『イエロー・サブマリン』というアニメに一番インスパイアされているようにも思った。そもそもこのアニメ、良くぞ作ったというほどナンセンス感覚に満ち、逸脱に逸脱を重ね、遊びに遊びを上乗せするような映画だった。その感覚が、『アクロス・ザ・ユニバース』の随所随所に見て取れたのは、思わずニンマリだ。

ちなみに、テイマーは若いときに日本に滞在し、淡路島で文楽の修行をし、インドネシアにも3年滞在して、自分の劇団を率いて各地を回っている。それが『ライオン・キング』をはじめとする彼女の作品群に色濃く反映されているのは、これも知る人ぞ知る、有名な話。

ただ西洋の演劇人が東洋の演劇をまねて作品を作ろうとするとき、そこに帝国主義的な搾取を訴える声が必ず起こる。伝統を知らない西洋人がうわべだけを掠め取っただけの猿真似をしていることへの非難の声が上がる。われわれは、そう主張するに足る伝統を背負い込んでしまっている。

テイマーは、ただ、少なくとも、伝統を掠め取るようなことはしていない。伝統に根ざした姿勢を一貫して主張しているように思う。それは、この映画のように、ビートルズという、これもひとつの伝統といっていい存在に向き合った場合にも、共通している。

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マジック・アワーの市川崑の姿に涙する

ほとんど読者もいないブログですが、それにしても、またもや、ずいぶん更新に間が開いてしまいました。理由。忙しかったから。それだけです。

スケジュールにぽかっと空きができたので、三谷幸喜監督の最新作『ザ・マジック・アワー』を見てきた。いつもながらの三谷ワールド。巧みな話の運び方に、2時間を越える長尺も、少しも飽きさせない。

しかし、これは、やはり、感慨が深い映画でもある。全編が、ある意味市川崑へのオマージュになっているからだ。エンド・ロールの最初に、「市川崑監督の思い出に捧ぐ」と出る。そして、劇中映画の撮影シーンに市川崑が監督役として登場していて、その劇中映画というのが、明らかに市川監督の『黒い十人の女』のパロディ。(『黒い101人の女』というタイトルらしい…。しかも、その主演が、ある意味晩年の市川映画を支えていたといっていい中井喜一…)そして、エンド・ロールが、あの、われわれが金田一シリーズで見慣れた、画面全体に縦横に自己主張する明朝体のクレジットなんだね。

この映画が市川崑の出演作としての遺作だという話は聞いて知っていたのだけれど、ここまで明らかなオマージュになっているとは思わなかった。

最近、キネマ旬報から出たシネアストと銘打ったシリーズのムック本でその名も『市川崑』という追悼本が出て、そこで三谷幸喜が追悼のエッセイを寄せている。市川崑の人柄がよく伝わる好エッセイだが、そこでもマジック・アワーのことについて触れてある。驚いたことに、劇中の撮影シーンで市川監督の周りをにいた撮影現場のスタッフ役をやったのは、本当の市川組のスタッフ連だったという。三谷は、周りのスタッフが非常に緊張していたと書く。それはそうだろうなあ。ある意味映画史の一部を作ってきた人たちをエキストラとして使うんだもの。緊張するなと言う方が無理だ。しかし、それゆえに、あのシーンは、単なるパロディを越えた、偉大な映画人の仕事に対する真摯なオマージュになったとも言えるだろう。

さて、三谷と市川の間では、金田一モノを一本三谷の脚本で、という取り決めができていたらしい。三谷はそれをすでに完成させていたのだが、市川の訃報を聞いて、「消去」してしまったらしい。三谷は「もう一度書けといわれれば、書けますけどね」とオチをつけているが。

それにしても、このタッグは、見てみたかったなと思う。半分くらい、それはそれで実現したら失敗に終わったんじゃないかなあ、などと思わないでもないのだが、一方で、途方もない傑作に仕上がった可能性もあったはず。その可能性が消えてしまったことは、本当に残念だ。

映画史には(そして、あらゆる芸術史には)、もちろん、この手の、実現しなかったコラボレーションが多くある。天才は、その、実現できなかった仕事すらも、一人歩きさせてしまう。そう、それは、受け手の想像力に許された、せめてもの慰めなんだよ。

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孤高のポップシンガー

何か形容矛盾だよね。孤高のポップシンガー。ポップスなのに孤高って。要は世捨て人みたいなポップシンガー。思い当たる人はすぐに思い当たると思う。オザケンこと小沢健二だ。

90年代初頭から半ばにかけて、最も成功したシンガー・ソングライターの一人だった。しかし、彼は90年代後半、忽然と、音楽シーンの表舞台から姿を消す。ときどき思い出したようにCDは出ている。しかし、90年代の売れ線からは明らかに距離を置いた、まったくマイペースな活動になってしまっている。最新作の『毎日の環境学: Ecology Of Everyday Life』(2006)にいたっては、歌うことも放棄してしまったインストアルバムだ。ファンの間では話題にはなったが、セールス的には90年代に及ぶべくもないのは言うまでもない。

何があったのだろう。

もともと彼は、小山田圭吾(コーネリアス)と一緒に80年代の終わりからフリッパーズ・ギターというバンドをやっていた。今となっては伝説的なバンドだ。当時は小生意気なガキんちょのくせに音楽的センスは抜群だという風な、一種の鬼っ子的な見方をされていた。いろいろよくない評判が活動の真っ盛りのうちから入ってきていた。音楽的には当時の日本のポップス界にあって(J-popなどという言い方はまだなかった)突き抜けてセンスがよくって、洋楽テイストな邦楽ポップスという意味で、洋楽ファンも一目置いていた。しかしそれが91年、たった3枚のアルバムを残して、突然解散してしまう。小沢も小山田も、それぞれソロアーティストとしてスタートする。

フリッパーズ:ギターの解散もかなり衝撃的だった。だけどソロの小沢健二の、静かな隠遁も、同じくらい衝撃だ。あれだけの成功を収めたミュージシャンがなぜ?という疑問は、やはりぬぐえない。フリッパーズ解散のときも、小沢(たち)は何も語らなかったが、この静かなる隠棲も謎のままである。

華やかな活動ではあったが、小沢の歌詞は(しばしば指摘されてきたけれど)、思いがけない赤裸々なフレーズに出会ったりする一方で、時に難解でレトリカルで韜晦に満ちたものも多い。東大の英文科卒というのは理由にはならないだろうけど、ポップス界にあって、まちがいなく不必要なまでにエリートだった。

しかし、彼の音楽は、よかった。本当に。吹っ切れた感じの馬鹿明るさがあった。(その背景を探るのは、きっと骨の折れる作業なのだが。)抜群の突き抜けた明るさの作曲センスと、そこから仄見えるダークな心象。このバランスは、90年代初頭の(ミリオンセールスを連発した)巨大ビジネスとなった音楽界にあって、ある意味で、ひとつの誠実さでもあった。彼が隠遁生活に入ってしまった今でも、それは変わりない。

残念なことがひとつ。実は小沢はアルバムに入っていない、シングルだけで発表した楽曲に傑作が非常に多いのだけれど、それをコンピレートしたアルバムが1枚だけしかないのだ。5年前の『刹那』。しかし、これは、アルバムでは聞けないシングル曲を集めたアルバムとしてファンには期待されながら、発売延期を繰り返し、結果的には、かなり不完全なコンピレーションアルバムとして発売された。そこからこぼれた作品にもいいものが多い。「戦場のボーイズ・ライフ」とか「恋しくて」とか。『刹那』は収録時間が確か45分くらいで、現在のCDの収録時間をはるかに下回っている。かつては70分くらいだったCDも、今では80分ちかいもの出てくるようになった。収録できないわけではない。小沢があえて、入れなかったのだ。彼は過去の自分を否定しようとしていたのだろうか。

世捨て人になってもいい。でも、過去の作品を葬り去ることはしないでほしい。切に願う。

100パーセントありえないことなんだけど、そしてそれが実現しても期待はずれになるだろうなとは思いつつも、万が一フリッパーズが再結成なんてことになったら、私は、すべての仕事を捨て去ってライブに駆けつけてしまうと思う。そういうファンは大勢いるはず。そして、間違いなく、オザケン単独のライブを望んでいるファンも。

彼の年齢は、私の一つ下。またまだ隠棲を決め込む年でもない、と、世俗的な欲求にどっぷり浸っている私などは思ってしまうのだけれど。

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あなたはどこ?

映画の題名です。2003年に山形国際ドキュメンタリー映画際で上映された作品。なぜか(なぜかは言えないけど←大した理由じゃないんだけどね)見る機会に恵まれた。こんな作品があったなんて!

とにかく新鮮なドキュメンタリーだった。

インドの伝統的な影絵劇の人形師たちの現在を淡々と追うドキュメンタリー。「淡々と」としか言いようがない。監督のR・V・ラマニが自らカメラを持ち、老いた人形師たちに直接インタビューする。われわれが普段見慣れたドキュメンタリーとは全然異なり、全く加工されないまま映し出される。ナレーションもない。現地語のため、英語の字幕がつき、さらに日本語の字幕がかぶさる。ほかの字幕はない。人形の説明とか、操作法とか、背景となっている『ラーマーヤナ』の情報とか、われわれが期待してしまう、一切の情報はここからは得られない。もちろん、編集はされているが、編集、というよりは、フィルムをつなげただけ、という印象だ。

しかし、それでも、伝わる。

けた外れの芸能だ。ある人形師の言葉。「7時から始めて12時まで、お客さんにもよるが少なくとも10時まではやる」と。すごいなあ。しかし、10時で終わるか12時で終わるかって、結構大きな差だと思うのだけど。あるいは「ふだんは三日でやるところを今晩は一晩でやるよ」とか。アバウトなのかおおらかなのか。

尋ねた先で、「○○さんは?」と聞くと、家族から「死んだよ」との答えが。何度となくそういう場面に出くわす。「彼に会いに来たのになあ」とインタビュワー。そのやり取りがあまりに淡々としているので見過ごしてしまうが、要は伝統が途絶えつつあるということだ。

14年間の(ラーマーヤナの)物語を何十年も語ってきたが、ラーマーヤナは時代に合わない、今は同じネタだけど別路線でやっているという。別路線がどういう路線なのか、説明はされない。「人形師はもはや尊敬されない。昔はどこの街にいっても手厚くもてなされた。今では邪魔者扱いだ」と。テレビやビデオの普及で、もうこの商売が成り立たないことはわかっていた、と。

終末近く、ある老人が嘆く。「ラーマーヤナって何?と聞かれる。影絵芝居だよ、と答える。影絵芝居って何?って聞かれる。国中がこのすぐれた芸術を忘れてしまった」。

こうしたことが何の解説もなく、ほとんどぶっきら棒に映し出される。

最後の場面は、ダセラ祭り。どういう祭なのかはよくわからなかったのだけど、各地に散らばった人形師たちが集まってくるのは確からしい。以前にインタビューを受けた顔が再集合するわけだ。化粧をしながら(演じ手は見えないはずなのに)、「影絵劇は○○(地名。正確な名は聞き逃した)が起源なんだ」というと、別の人物が「いや、××から○○に伝わったんだ」と言い張る。要は起源ははっきりしないということなんだろう。この映画、当然、どっちの言い分が正しいかを追求することは、しない。

その祭の場で、監督のラマニ、は集まった人形師たちに、これまで撮りためたフィルムをモニターに映して流す。それを見て、涙ぐむ初老の人形師がいた。そこに流れている歌は、あるいは映像は彼にとってどういう意味を持っていたのだろう。それもわからない。

全153分(!)は、そんな感じで、突然終わる。学問的には、あるいは民俗学的には、本当はもっと追求してほしい!とか、整理してほしい!という欲求に駆られるようなところだけど、作品としてはこれで十分だ。2時間半。全く飽きなかった。いわゆるドキュメンタリーとして、これがいいのかどうかわからない。でも、すごい作品だ。

実は、学生と二人で突っ込みを入れながら見たのだけれど、そういういい加減な鑑賞で十分楽しめる。

作品が作品だけに、商業ベースでの一般公開やソフト化は難しいらしい。でも、きちんとした企画をした上での上映会なら、可能性がありそう。

http://www.yidff.jp/2003/cat037/03c045.html

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Zabadakを知ってますか

芝居好きには、知られている「バンド」だと思う。中高生に圧倒的な人気の劇団キャラメルボックスの音楽を何度も担当したことでも知られているから。私は、実はこのバンドを追いかけ始めて、もうかれこれ18、9年。キャラメルボックスはまったく関係ない。というか、この劇団の芝居はあまり好きではないので、いささか複雑な心境だ。

(実は私は教師をしているが、学生とこのバンドの話が通じるのときがたまにあるけど、それは100パーセント、キャラメルボックス経由で知ったという場合。複雑。)

先に「バンド」と書いたが、実は固定メンバーが一人の、実質ソロユニットである。吉良知彦というギタリストでシンガーが固定メンバー。それでも通常のアルバムやライブは(かなりレギュラー化している)サポートメンバーを呼んで、バンド単位で演奏される。一番小さなユニットの場合でも、奥さんでコーラス・作詞担当の小峰公子が付いている。

音楽は、ギターの弾きこみのあるへヴィなものもあるが、基本的にはプログレ志向。ここ10年くらいは、日本のプログレ界の大御所難波弘之(Key)がサポートに付いたりもしている。かなり日本のプログレの中でも正統的な位置にあるとおもう。

そのZabadakが、初めて、ソロライブを行う。二人単位のコンサートなら今までもあったのだけど、完全なソロは初だ。ギターと鈴と譜面台と私/2008年ZABADAK春のツアー。東京は昨日(4月26日)の南青山マンダラのみ。

完全にヴォーカリスト/ギタリストとしてのみ、吉良知彦がステージに上るわけだ。派手なサポートメンバーを巻き込んでのアドリブの競演も、まったくない。はっきり言って不安だった。が、杞憂だった。シンガーとしての吉良は、今まで聴いたことのないような伸びのあるヴォーカルを聞かせてくれた。今までは演奏やコーラスが彩っていた彼の曲が、一人だけの声の中で信じられないほどの広がりを見せる。そして、「桜」や「水の踊り」といった、もはや旧譜に属する過去のプログレ大作の曲が、ギター一本でよみがえる。

アンコールでたった一曲だけ、小峰公子のサポートがあったが(観客全員をコーラスに巻き込んでのマイクなしの「光降る朝」! すばらしかった!)、基本的には、吉良の独壇場。戸惑いが素直に口に出され、また、曲の弾き間違いや歌詞間違いなどのご愛嬌もあったが(実は、これはバンド単位でやっていても見られる、ファンにはなじみの光景)、単なる手作り感以上の、至福のひと時であった。

20年近く追いかけて、それでも新たな発見がある。まだまだ楽しみな「バンド」である。

http://www.zabadak.net/

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